カトリック浦和教会
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2018年、新年のごあいさつ
(2018年 1月号)

さいたま教区管理者 ペトロ 岡田武夫



    〜 苟(まこと)に日に新たに、日々に新たに、また日に新たに 〜


 毎年正月を迎えるたびにこの言葉を思い出します。中国の古典『大学』に出てくる有名な名言で、中国の殷王朝の湯王が洗面器にこの一文を刻んで「修身」のための自戒の辞としていたと伝えられています。

 2013年7月27日、さいたま教区管理者(Apostolic Administrator)に就任してから5回目の新年を迎えることになりました。当初、せいぜい1〜2年のことと考えていましたが、もう5年となります。東京大司教の辞任願いは受理されましたが、さいたま教区管理者は続けるようにと言われています。この際、初心に戻り、新たな気持ちになってさいたま教区での任務に専念したいと考えます。

 わたしたちは、父と子と聖霊の神様を信じています。父である神に祈り、イエス・キリストを信じ、そして、神の母聖マリア様にお祈りを献げています。

 神様、そして諸聖人とのつながりが大切です。しかし同時に、わたしたちの間の、人と人との間の、温かい、安らぎのある人と人とのつながりを紡いでいくことも非常に大切であると思います。

 神とのつながりは、まず、人と人とのつながりに反映され、そして、人と人とのつながりは、神とのつながりへと高められていかなければならないと思います。

 この日本という社会は、あたかも荒れ野のような状況にあると思います。まさに、現代の荒れ野ではないだろうかと思います。

 教皇ベネディクト16世が即位なさったときのお話の中に、この「荒れ野」という言葉が出てきました。わたくしは、教皇様の教えに倣い、わたしたち教会は、現代の荒れ野における「泉」、あるいは「オアシス」とならなければならない。ある程度はなっているわけです。かなりなっているかもしれませんが、依然としてわたしたちは弱い、そして、罪深い者でもあると言えます。

 神の母聖マリアの祭日にあたり、わたしたちは聖母のように、汚れのない者、いつくしみ深い者となれますように、現代の荒れ野におけるオアシスのような交わりを築くことができますようにと、祈りをお献げします。















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