カトリック浦和教会
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今、ここに、あるがままに、ある(2015年10月号)

吉川 孝政  

  9月28日から10月2日まで、さいたま教区と新潟教区合同の司祭黙想会が行われました。指導はイエズス会の柳田敏洋神父さまで、キリスト教的「ヴィッパサナー瞑想(気づきの瞑想)」に基づいた黙想でした。

 柳田神父さまの講話で印象に残ったのは、
・食べるということを一つとってみても、わたしたちは本当の意味で食べていない。常に何かを考えながら食べるので、口の中に入れても味わいもせず、ただ流し込んでいるだけ。(ベトナム人僧の言葉)
・わたしたちは日常生活の中で、常に頭で生きていて、身体の感覚を忘れてしまっている。
・この瞑想は気づきによって身体感覚を取り戻すこと。 
・「わたしは頭で神を知ろうとするが、身体はすでに神を知っている」
・瞑想を通して、自分の身体の感覚・感情・思考に気づき、エゴからの脱却を目指す。(黙想会のメモより)

 短い時間の瞑想(3分〜10分)が何回かあったのですが、実際にやってみると、いかに自分がいろんなことを考え、先のことを心配し、頭で生きているかが分かりました。たった3分の瞑想でも、何かを思い出して、感情が沸き起こってくる。しかし、それに対して価値判断をせず、ただその状態に気づくだけ。すぐに自分が変われるというわけではないですが、自分の思考・感情・感覚をしっかり見ることは、信仰生活にとって良い助けになると感じました。
 
「わたしはある。わたしはあるという者だ」(出エジプト3・14)。





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