カトリック浦和教会
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平和の名をかりて(2015年7月号)

佐藤 智宏  

 7月5日付のカトリック新聞には、1面の大きな見出しで那覇教区の押川壽夫司教さまの大変印象的な言葉が掲載されています。

 (いまの政治や社会の有様が続くのであれば)、「終戦を実感できない」という、この大きな文字のタイトルを見て、わたしが前回この浦和教会報でもお話しした、今年3月のわかもの沖縄ツアーに同行した際の記憶がよみがえりました。この押川司教さまと同じ気持ちが、このツアーに参加した多くの中学生、高校生、大学生の心に強く芽生えたのです。「まだこの沖縄という小さな島では、いまも戦争が『終わっていない』かのようだ」という強い確信です。この戦争が終わっていない沖縄の現状を、自分たちもできる限り自らの生活空間において、多くの人に伝えていかなければならない、そのような思いを参加した若者たちの一部のメンバーは、分かち合いの時間の中で熱心に語ってくれました。

 これからの夏の暑い時期、沖縄戦のみでなく、全国各地で戦争の犠牲となったすべての人のために「平和の祈り」がささげられると思います。いま、この現代に生きる私たち人間すべてが、「戦争をゆるさない」「この過去の同じ悲惨な殺戮を繰り返さない」という断固とした決意を持って、犠牲をなった方々の慰霊碑の前でも、広島の原爆ドームの前においても、どの場所でも平和の祈りがささげられるべきです。押川司教さまの「慰霊の日」のメッセージの中で、いまも多くの国や為政者が「平和の名をかりて戦争の準備に熱心」だという、シンプルでかつ強く心に響く言葉が、いまのこの国の現状も如実に語っているなと感じました。そして反面、わたしたちキリスト者は決してそうであってはならない。使徒パウロの手紙にもありますが、わたしたちが救い主として信じ、礼拝しているイエス・キリストという方は、「行いにも言葉にも力があり」、その言葉は真実です。言葉と行いの一致が、わたしたちキリスト者にとっても、もっとも重要な信仰の態度です。

 「平和、平和」と口にしながら、再び過去の大きな、悲惨な戦争という選択肢を、世界中の国の指導者、諸宗教のリーダーたちが誤って、あるいは故意に選び取ることが決して起きないように、終戦記念日が近づくいま、わたしたち皆が全霊を込めて主なる神に、平和を尊ぶ神に祈りと願いをささげてまいりましょう。




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