カトリック浦和教会
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さら地になった那須の「ガリラヤの家」(神学生養成施設)2015年2月号)

   佐藤 智宏



 2014年度は、栃木県那須の障害者施設「マ・メゾン光星」でのミサを依頼されて、1年間に約5回ほど、職員と利用者(主に知的障害者)の方々と一緒に平日にミサを捧げてきました。この施設の敷地内に以前あった旧・東京カトリック神学院初年度養成施設「ガリラヤの家」で、神学院生活の最初の1年間を過ごした、想い出深い場所でもあります。その頃はスケジュールの中に週3回くらい、利用者の方と一緒に土木作業(シイタケの木の伐採・運搬やグラウンドを畑にする開墾作業など)を、汗水たらして行ったことが、那須のこの場所に行くたびに思い出されます。当時一緒に作業していた職員の方にも、「あの時はご苦労さまでした!」と労いの言葉をかけていただくほどです。私の学年は7人で賑やかな(よくしゃべる)神学生が多かったので、記憶に残っているようです。

 しかし、この神学生の養成施設「ガリラヤの家」も、今ではまっさらな「さら地」となっていました。この場所は夏のカビの繁殖も凄まじく、日本カトリック神学院として東京キャンパスが合同してから、この施設もあまり使用(生活)されなくなったために、もともと古い木造2階の建物がさらに老朽化が激しくなり、維持管理が非常に大変になったのが1つの要因です。

 何も面影のなくなった、さら地の「ガリラヤの家」の跡地をいつも帰るとき、眺めますが、寂しい気持ちとともに、あの1年間の生活も鮮明に思い出すことがあります。司祭になろうと決意して神学院に入った仲間との最初の楽しく、中身の濃い生活は、今の自分の司祭になってからの召命の火を保つ大きな「記憶」になっています。10年近く前のあの養成施設は無くなりました。今はこのさいたまの地に、神の呼びかけによって遣わされたことを感謝し、司祭の務めを今後も誠実に果たせるように、いつも新たな気持ちで邁進していく決意であります。





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