カトリック浦和教会
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子どもと一緒に祈ってますか?2010年9月号)

   吉川 孝政


 もう立秋も終わったというのに暑い日が続いています。いつまでこの暑さが続くのか…。

 8月18〜20日、群馬西ブロックのキャンプがあり、私も上野村まで行ってきました(多分私は「怖い話」要員?)。リーダーも含めて約30名集まり、4カ月ぶりの再会でしたが、子どもたちと交わりを深めることもできました。浦和教会からも1名参加しました。

 キャンプの最中、子どもたちを遠くから眺めながら、「この子どもたちが将来教会を担っていくんだろうなあ」、そして「この子どもたちが教会とつながり続けるためには(まあ、離れることはあるだろうけど)、どうしたらいいのかなぁ」とふと考えました。浦和でも、ふれあいくらぶで合宿が行われました。テーマは「愛」でしたね。

 関わっていて思うことは、子どもは見抜く力があり、非常に正直だということです。大人の欺瞞をすぐ見抜く鋭さがある。と同時に、非常に共感性もある。だから子どもの前で話すと、自分の弱いところや大人の屁理屈を見透かされるようで緊張します。しかし子どもたちから支えられているとも感じます。

 昔、児童養護施設で働いていたころ、一番手を焼いた子どもがいました。ああ言えばこう言う、というように。そこを辞めて、5、6年ぶりに顔を出した時、私は司祭を目指すのを諦めようかと考えていました。そのときその子は高校生になっていて、久しぶりに会って、まあ僕が元気なかったんでしょう、僕の顔をじっと見て「吉川さん、絶対神父になってくれよ」と。そのとき、自分が見失いかけていた状態から、元気を取り戻すことができました。このように、子どもを通して私は今の自分があるのだと、つくづく感じています。

 弟子たちの間で、自分たちのうち誰が一番偉いかという議論が起きた。イエスは彼らの心の内を見抜き、1人の子どもの手を取り、ご自分のそばに立たせて言われた。「私の名のためにこの子どもを受け入れる者は、私を受け入れるのである」(ルカ9・46〜48a)

 教会にとって子どもたちは宝、そしてその子どもたちの信仰教育の基本はまず家庭です。1日1回でも一緒に祈っていますか? もし子どもが信仰について質問してきたら、自分なりに信仰を語っていますか? 子どもは親の背中を見て育つものですから…。



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