カトリック浦和教会
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はじめて知った父の一面2010年8月号)

   齋藤 紳二


  父が亡くなってから、35年ほど経ちます。

 父は新聞記者で、昭和7年に起こった上海事変で特派員として活動したことは、生前何度も聞かされていました。ところが、数年前、古本の市場に父が書き残した大量のメモがどこからか売りに出され、入手した新聞社がそれを契機に記事を連載しました。

 この記事で初めて、私は父が虐殺行為があったとされる南京での戦いも取材していたことを知りました。父はこの時の体験について、ほとんど話してくれませんでした。なぜかは分かりません。ただ、私よりも6歳年長の姉はぼんやりながら記憶があり、連載記事に短いコメントを出していました。それによると、戦争一色に塗りつぶされそうな状況の中で、どうやら父は反戦論者だったらしいのです。

 戦地から戻った特派記者は、全国30箇所ほどで戦意高揚のための「体験報告会」を開くのが決まりでした。ところが、父の講演会は17、8箇所が終わったところで打ち切りになったそうです。あまり威勢のよい話はせず、戦争のかげで苦しむ庶民の様子ばかり話すので、戦意高揚にはふさわしくないと思われたようです。後年、少年兵に志願するために実印を持ち出した兄を殴りつけ、戦争が物語や映画で見るのとまったく違う悲惨なものなのだと、こんこんと諭したこともあったそうです。新聞に載った父の記事には、僧侶の資格をもつ日本軍兵士が、敵味方を選ばず路上の死骸を集めて供養している、といったものがたくさんありました。

 8月15日がめぐってきます。マスコミのおかげで、私たちはかろうじて65年前の終戦に思いをはせます。数年前から、私にとってこの日は、生前には知ることができなかった父の一つの面について、考える日にもなっています。




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