カトリック浦和教会
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現代社会に必要とされる司祭2009年9月号)

   鈴木 三蛙



 姜神学生がこの夏休み福岡の神学校から夏休みで戻ってきました。福岡キャンパスに行ってわずか四ヶ月ほどですが、かなりたくましくなって戻ってきた印象を受けました。そして一つの出来事について話してくれました。
 神学の勉強に疲れた一日、神学生達が話し合いカラオケに行こうと言うことになったそうです。そこで院長さんに許可を求めようとしたところ、「えっ、本当に行くの、遠慮しとくよ」、そう言ってはじめは賛成していたのですが、元々福岡の神学校にいた神学生達は辞退してしまいました。姜神学生が院長さんに許可を求めたところ院長さんは「えっ」と言ったきり一瞬絶句、でも許可をくれたそうです。結局のところ東京から行った神学生達3人でストレスを発散してきたとのことですが、東京と福岡の文化の違いを感じました。

 かつての浦和教区長、故長江恵司教様は、バチカン後の司祭の姿について「世に対する司祭の根本姿勢は、隔離や逃避ではなく、世に出掛けてみことばを世の中にひびかせ、信者と共に世の人間化に協力することにある。祭儀に専従する司祭ばかりでなく、学問芸術の分野で活躍する司祭があり、労働に従事する司祭があり、街頭デモの先頭に立つ司祭があるのもこのためである」とご自分の著書「神学小品集」の中で述べています。

 他方、司教様によりますと第二バチカン公会議以前の司祭像は、祭儀の執行者、教会制度の管理者、世俗を放棄した修道者の3つの点を特徴としていましたから、そのような司祭の養成を目標とする神学校は、環境としては社会の現実から隔離された修道院的雰囲気を必要とし、教科内容としてはもっぱら教会の内部に目を向けた神学と規則を教え、脱社会の修得を奨励するものだったそうです。
 東京の神学校も私たちの神学校に入った1968年頃迄は、そのような考えに基づいてイエズス会と言う修道会が養成を担当していました。でも神学生達の切なる要望によって、養成は教区司祭が担当するようになり、社会の中にある教会にふさわしい司祭の養成が目指されるようになりました。

 現在さいたま教区の神学生は7名。3名が福岡のキャンパス、4名が東京のキャンパスで勉強しています。かれらが現代社会に必要とされる司祭としての資質を身につけて戻ってくるように共に祈りましょう。福岡の神学校はまだ昔の神学校のにおいが残っている様子。このつぎ姜神学生が福岡から戻ってくる時にはどんなエピソードを携えて戻ってくるのでしょうか。健康に留意しまた元気な顔を見せて欲しいと思っています。




       



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