カトリック浦和教会
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ひとつの戦争体験2009年8月号)

   齋藤 紳二



 世間話で防空壕が話題になりました。防空壕という言葉は、もう死語。戦争時に砲弾や爆弾で攻撃されたときに避難するための施設であることを知る人は、少なくなりました。
 話をしながら、三十年ほど前に出会ったある老婦人のことを思い出しました。繁華街で天ぷら屋をひとりで営んでいた人です。無口な人でしたが、何度か通ううちに、少しは話をするようになりました。
 ある冬の夜、小さな座敷にコタツが出来ていたので、入ってもいいか、と尋ねると、火を入れてないという答え。コタツがあるのに、火を入れないのは妙だと思っていると、「あれは昔の防空壕の入り口なんだよ」と語り始めました。
 その店は東京大空襲で焼け残った家で「空襲のサイレンが鳴ると、その穴から逃げこんだものさ」とのこと。五人は入れた大きさだったとのこと。「消防や警察に話したら、すぐに埋めろといわれるだろうね。」でも、埋める気になれないのだそうです。「兵隊に行って肺病で除隊になった亭主が、空襲で逃げ込んだその防空壕の中で死んだんでね。」しんみりとした口調でした。「でもね、直撃弾が落ちれば何の役にも立たない穴倉に、必死で逃げ込んだんだから、随分幼稚だったね、あのころは。ばかなことをしてたもんさ。」
 それっきり、何を話しかけても答えてくれませんでした。重い沈黙でした。彼女の戦争に対する思いがぎっしりと詰まっているような沈黙でした。
 八月。私たちも私たちなりに、平和に思いをはせたいものです。

 

       



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