カトリック浦和教会
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ご挨拶(2005年5月号)

アタナジオ 野上 貢  


 上尾教会から浦和教会に転任しました。40年前ごろ、長江司教、篠原主任神父、司教秘書のMさん、事務のHさん、みどり幼稚園のT主任先生の皆さんを思 い出します。

 商業新聞にヴァチカン公会議での長江司教様の典礼に関する発言が出ていたようでした。そのうち浦和教会の祭壇もローソクは床に直接立つ日本風の燭台に移 され、脇祭壇の御像は後方に移されました。信者席の頭上の飾りも取り除かれ、聖堂内はシンプルで本質を明解にする雰囲気を感じさせられたと思いました。祭 壇は対面ミサの中心になり、次第に日本各地にこの形式は普及していったようでした。公会議参加のためSAS(スカンジナビア航空)で羽田から出入国の際、 できたての首都高速道を通って司教様の見送りや出迎えを続け、最後の出迎えはネクタイ姿でという風に変わり、司教様が喜ばれたことを思い出します。

 未来の教会を担う若人らの期待感が強まったためか、カトリック学生会の運動が次第に全地方で活発となり、北海道の札幌大会に浦和教会の学生たちと興味津 々の心で参加し、すばらしい北海道の自然の中、テント持参の姿で全国各地からの元気のいい大学生たちに充分接し、同時に優秀なアカデミックな講師の神父さ んたちにあこがれ、未来の日本のカトリックの夢を描きつつ帰ったことは大きなイベントであったなあと思い出されます。

 当時は市役所は住民票閲覧は無料でしたので、信徒数の統計上の数字と、日曜日のミサ参加者の少なさに疑問を抱き、中古オートバイで家庭訪問をしたり、住 民票閲覧したりして、幽霊信者を転出させました。すっきりした信徒名簿をガリ版製作してコルベジェ神父様に喜ばれたことの思い出は、楽しい浦和時代の懐か しい走馬燈の一断片です。これを私の若き日の司祭生活の宝のようなものとして、40年後の浦和教会での2度目の生活のご挨拶に入れて終わります。


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