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自然のふたつの顔(2005年2月号)
15年ほど前、イタリアのアシジに行った際に、聖フランシスコの最後の隠遁所であったラベルナ山を訪れる機会をもちました。
季節は秋。快晴の空のもと、全山真っ赤に紅葉しています。さまざまな色の葉を通して、陽光がふりそそぎ、その美しさに息をひそめるほどでした。聖フラン
シスコが有名な「太陽の歌」で全被造物のすばらしさ故に神を讃えたのは、こんなに美しい場所で黙想にふけっていたからだ、と思いました。
聖堂から伸びる渡り廊下を歩いていたとき、「フランシスコの寝床」という看板に気付いて庭に出てみました。高さ10メートルもある巨岩がいくつも寄り
添っています。岩と岩の隙間に、地面がえぐれて地下室のようになった空間がありそこが聖人の「寝床」だというのです。巡礼者の列に混じって下まで降りてみ
ました。岩肌にかこまれた小さなスペースです。そこに立ってしばらく内部を見渡していました。
その時、ふと、「フランシスコは冬の寒さをどのようにして耐えたのだろう」という疑問がわきました。焚き火をしても、大きな岩のすべてを暖めることはで
きません。きっと、薄い毛布にくるまってガタガタ震えていたのでしょう。
先ほど見た周囲の自然は息を呑むほどの美しさでした。しかし、自然はその美しさで私たちを楽しませる一方で、時には牙をむいて私たちに襲いかかります。
そうした自然の厳しい一面を十分承知のうえで、聖フランシスコはあの自然賛歌を作ったのです。以前から親しんでいた「太陽の歌」が、奥深い意味を秘めてい
る大きな作品だったことにこの時初めて気付きました。
昨年から世界中で自然が猛威をふるい、たくさんの犠牲者がでました。人間はいつも自然の力に対抗する準備はできていると慢心しています。しかし、どんな
に堤防を高くしても、どんな設備を整えても、災害はそれを乗り越えてしまいます。自然の前にいかに人間の存在が小さなものであるかを、感じ取らずにはいら
れません。小さな存在であるからこそ、助け合いが必要です。被災者の方々に祈りとともに、できる限りの援助をすべきなのではないでしょうか。
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